こころの揺れを「波」と捉えてみる。
退職した元同期に会ったら、フリーライターを目指して勉強中とのこと。
「自分の手で切り拓く」感じが、話を聞いてるだけで楽しかった!
かつてわたしも2024年の病気休職中、今の仕事をやめて何かしらの個人事業主になろうと考えていました。
とにかく今の仕事から離れたい一心からか、心身はしんどいのに、思考があふれて書かずにはいられず、このHPを作ったのも、そのときの勢いでした。
そのときの投稿は、「何かの役に立ちたい」「仕事につなげたい」という意識で書いていました。
でも、我が家は社宅なので辞職のための準備として引っ越ししようとしたときに胸のあたりにものすごく嫌な感じのモヤモヤが広がったんです。↓そのときの記事
メンタル不調 | 重大な決断に迷うときは先送りに。
何かをやろうとして胸がザワザワするときは。
それでとりあえず辞職は保留にして仕事復帰したのですが、それから一年数カ月以上、発信は途絶えていたのでした。
同期に会ったその日、このブログを2024年の最後の投稿ぶりにそーっと開いてみたんです。
わー、今のわたしと違う。優等生感。
理想の自分を掲げて一生懸命な感じ。
あ~恥ずかしい!!自分に見られるのが一番恥ずかしい。
今振り返ると、仕事復帰後投稿が止まってしまっていた理由がわかりました。タイトルのせいです。
○Before
“わたし”が満ちるミニマルでエシカルな暮らし。
~生きづらさを人生の醍醐味に。~
HSPゆえの生きづらさを抱えていた家主の、自分にとって本当に大切にしたいことを大切にするミニマルでエシカルな暮らしづくり。
・目標感(満ちる)
・理想感(ミニマル・エシカル)
が、ひしひし。
「HSP」「生きづらさ」を何とかポジティブに持っていこうっていう気持ちが出てる。
そのとき切なる願いだったのは間違いないけれど笑。
自分と似たような人と共感しあってつながりたいっていうのもありました。
「整えようと必死だったとき」って、たぶん、正解の自分を先に置いて、そこに近づこうとしてたと思います。
だから見ると恥ずかしいし、リアルな自分とのギャップを感じさせられて敬遠したくなってしまうというか。
一年半経った2025年の今はこんな感じ。
・満ちるときもあれば、欠けるときもある。
・ミニマルだけじゃなくて無駄もいっぱいする。(てか、無駄のほうが多い)
・エシカルはついでの結果であって目指してない。
「揺れるときもたくさんあるけど、ありのまま受け入れて、委ねて整うのを待とう」っていう心持に辿り着きました。
前のタイトルだと、「正解」だけしか書けない感じがして、
書くことが浮かばなかったんだと気づきました。
これからこのブログは完成形じゃない、
こころが動いた日々のいろいろを書き留める場所にしていきたい。
そんな風に思ったときにふと浮かんだのが、こころの揺れを海の波と捉えてみるということ。
外からの刺激で上がったり沈んだりがいそがしいこころ。
その日の刺激量によって睡眠も左右されるときもある。
自分では止め方がわからない。
どうして「普通」じゃないんだろうって悩んで、
「整える」「コントロールする」ことをがんばるほど無理が出ていました。
でも、自然現象と捉えると、荒れているときもあれば穏やかなときもある、そもそもコントロールできるものではないんだと思えて、いい意味で諦めがついたのです。
きょうの波はどんなかな。乗りにいくこともできるし、眺めるだけにすることもできる。
そんな風に委ねていると、いつの間にか落ち着きを取り戻していたりします。
○After
日々、波のり🌊
ー暮らしの波のりメモー
こんな境地になったきっかけについてはまたおいおい。
